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『価値づくり』の研究開発マネジメント 第291回

普通の組織をイノベーティブにする処方箋(138): KETICモデル-思考(80)
「発想のフレームワーク(23):失敗のコストのマネジメント(8) イノベーション活動を優先させるには(3)」

(2022年10月17日)

 

セミナー情報

 

前々回から「心理的コスト(その1):(イノベーションより)やるべきより重要なことが他にもあると考える」について議論しています。今回も引き続き本テーマについて考え、対応策(その2)の議論をしたいと思います。

●心理的コスト(その1):「やるべきより重要なことが他にもあると考える」への対応策(その2)

「やるべきより重要なことが他にもあると考える」の理由の2つ目に(1つ目は第299号で議論しています)、多くの企業が、コスト低減を何よりも重要な位置づけとしている、ということがあるように思います。

以前に教員としていたMOT大学院で、毎年ある企業のトヨタ生産方式普及部門の部門長の方にゲストスピーカーとしてお話をいただいていました。この企業はトヨタ生産方式を何よりも重視をし、経営者が率先してその普及に力を入れ、外部の有名なコンサルタントを入れ、長年にわたりトヨタ生産方式の社内への浸透に大きなエネルギーを費やしてきた企業です。この方のお話で驚いたことに、トヨタ生産方式普及の重要性の背景として「利益を拡大する『最』重要な活動は、既に受注している製品のコストの削減にあり」というものでした。つまりイノベーションよりコスト削減が、遥かに重要であるという考え方と捉えることができます。

またこのようなこともあります。以下はダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー2010年1月号から引用で、当時の関東自動車工業(現トヨタ自動車工業東日本)の相談役の内川晋氏の言葉です。

関東自動車工業の社長を務めていた時のことだ。「社長、もうこれ以上のコストダウンは無理です」という部下に、こう聞き返した。「どうしたんだ、原価はゼロになったのか」「何を言っているんですか、原価はあります」「君ね、原価があるのに原価を減らせないなんて、なぜそんな大それたことが言えるんだ」原価がある限り、減らすことができる。つまり、改善に限界はなく、人智は無限なのである。

コスト低減が重要であることについては、論を待ちません。しかし、多くの日本企業において、それより遥かに重要なイノベーションの実現の重要性が残念ながら認識されていません。

●イノベーションを最重要な活動と明確に位置付け、組織に忍耐強く啓蒙する

行動経済学の中で議論される一つのキーワードに、機会費用軽視(他のオプションを採れば得られる筈の利得が得られないこと、すなわち機会費用)を軽視する、や現状維持バイアス(未知なもの、未体験なものを受け入れず、現状でいたいと考える心理)があります。この二つの人間の基本的な行動を後押しするドライバーが、既に目の前に存在する製品のコスト低減を重視し、一方で未来に向かってまだ見ぬ製品を創出することを軽視させてしまうということが、人間の心の中で起こるということです。

ちょっと脱線しますが、大げさに聞こえるかもしれませんが、私は日本企業、ひいては日本経済の低迷の元凶はここにあると思っています。目の前にある確実なもの、実績のあるものにひたすらしがみつき、何とか事態(企業業績や日本経済の低迷)の好転をはかろうとする。このアプローチには一見なんの問題もないように思えるかもしれませんが、アジアの新興国企業が力をつけた中で、「確実なもの、実績のあるもの」ではこれら企業と泥沼の競争になるということがあるということです。

今日本の企業のマネジメントがしなければならないことは、企業活動の中で、何よりもましてイノベーションが最大、最重要な活動と位置付けること。そしてそれを、まさにこれまで日本企業がトヨタ生産方式で行ってきたように、今度は対象をトヨタ生産方式ではなく、イノベーションとし、その重要性そしてその実現のための活動を、辛抱強く社内で啓蒙、推進していくことです。

(浪江一公)