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『価値づくり』の研究開発マネジメント 第206回

普通の組織をイノベーティブにする処方箋(53): KETICモデル-経験(3)
「未来を経験する(2)」

(2019年5月13日)

 

セミナー情報

 

前々回からイノベーションに必要な要素を表したKETICモデルの2つ目、Experience(経験)の議論をしています。今回は前回に引き続き、市場を知るための3つの軸:TADの内「時間軸(Time)」の議論をしたいと思います。

●未来を経験・体験するための時間軸(Time)の3つの方法
前回は、以下の未来を経験・体験するための時間軸(Time)の3つの方法を提示し、その内、「未来を想定する場やものを作って未来を疑似体験する」を議論しました。今回からは、2つ目の「現状での最も未来に近い最先端を経験する」を議論したいと思います。

○未来を想定する場やものを作って未来を疑似体験する
○現状での最も未来に近い最先端を経験する
○「現状」を徹底的に知り、そこから間接的に「現状では『ない』もの」、すなわち「未来」を経験する

●現状での最も未来に近い最先端を経験する
「現状での最も未来に近い最先端を経験する」方法を、順番に議論をしていきます。

○ライトハウスカスタマーの現場を経験する
マーケティングでの顧客の類型の視点に、顧客の新しいものへの感度により分けるというものがあります。その類型の中で最も先端的な顧客のことを、一般的にはイノベーターと言います。イノベーターは、自ら最先端のニーズを持ち、サプライヤー企業にそのニーズ充足のための製品開発を働きかけたり、自らが実験的にその製品を作ったりする顧客です。イノベーターは別名、ライトハウスカスタマー(灯台顧客)と言われています。灯台は、海の遠くまで光を投射するので、このような名前がつけられています。私は、より明確にこの顧客の本質を表しているこの言葉を使っています。

このようなライトハウスカスタマーの実際の現場を体験するということが、現状でも最も未来に近い最先端を経験するということになります。自転車部品や釣り具の会社のシマノが、釣り具の両軸リールの開発で、このライトハウスカスタマーを活用した例があります。フライフィッシングの分野で有名なアメリカ人が、わざわざ米国から堺にある同社の本社まで飛んできて、シマノにフライフィッシング用の両軸リールの開発を迫ったという逸話が残っています。

たぶん、シマノの開発技術者は、その後実際に米国を訪問し、このアメリカ人がどのような環境で、どのような装備で、どのような場で、どのような技能を使いフライフィッシングをしているのかを観察し、更には自らが同じような条件の下でフライフィッシングを経験したのではないかと思います。実際シマノは、釣り具の開発に、開発技術者がまさにプロの漁師の釣りの現場、すなわち釣りの世界の最先端を経験するために、遠洋漁業の船に1ヶ月もの期間乗り込み、その現場を経験するなどのことをしています。

○リバースイノベーション
数年までから、リバースイノベーションという概念が知られるようになりました。この概念は、従来我々日本企業は、先進国である米欧の顧客、市場、競合企業、技術に大きな関心を持ち、そこから先端のイノベーションのタネを見つけるべくそれらに目を向けてきました。日本の高度成長期の成功は、まさにこのような活動からもたらされたものです。しかし、現在では、先進国だけではなく、発展途上国にもイノベーションのタネが数多くあり、そのようなタネから生み出された革新的な技術、製品、事業を、リバースイノベーションと呼びます。

なぜ、イノベーションのタネが開発途上国かというと、例えばアフリカなどは、地方には銀行のような決済機関がないために、一挙に携帯電話を使った革新的な支払いの仕組みが構築されたり、同じように地方には医療機関が整備されていないために、スマホを使った診断システムの構築が進んだりということが起こっています。このような仕組みは先進国でも十分有用な仕組みでありますが、先進国では既に今ある仕組みである程度決済や治療のニーズが満たされているので、このような仕組みの発想は生まれにくいという状況があります。つまり「必要は発明の母」なのですが、先進国でその多くが既存のインフラや仕組みにより、「ある程度」満たされているので、「必要」が強く認識されず、それ故イノベーションが起きないのです。

したがって、リバースイノベーションの機会を見つけるために、先進国の前提とは異なる状況下にある発展途上国にも目を向けるという方法があるわけです。

「現状での最も未来に近い最先端を経験する」方法については、引き続き次回でも議論をしていきたいと思います。

(浪江一公)