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『価値づくり』の研究開発マネジメント

第111回:「既存コア技術強化のためのオープン・イノベーション:富士フイルムの例」

(2015年7月21日)

 

セミナー情報

 

今週号の日経ビジネス(2015年7月20日号)に、富士フイルムの特集が掲載されました。富士フイルムは、まさに現在議論をしている既存コア技術強化のためにオープン・イノベーションを果敢に展開している企業と言えるので、今回は同社の展開について議論をしたいと思います。

●自社の技術の棚卸により12コア技術群を設定し、それを利用して新事業を展開

同社の古森現会長が2000年の社長就任後に最初にしたことが、CTOと一緒に自社技術の棚卸によるコア技術の設定と、そのコア技術を利用しての新しい事業候補の創出であったと言われています。そこで明定されたコア技術から生まれた事業には、積層技術を利用し、世界の市場の7割を占め、年間数百億円の利益をあげ同社の収益の柱となっている液晶用偏光板保護フィルム事業や、コラーゲンのハンドリング技術や酸化・還元の制御技術を利用したアスタキサンチンというサケやカニの甲羅から抽出される色素を使った化粧品事業(既に売上高100億円を超えるまでになっている)などがあります。

●果敢に進めるオープン・イノベーション

富士フイルムはこれらコア技術を核に、オープン・イノベーションを積極的に進めていると言えるのではないでしょうか。

○オープン・イノベーションハブ

昨年(2014年1月)に、富士フイルムは六本木の本社のある東京ミッドタウンに「オープン・イノベーションハブ」を開設しました。この設備の目的は、「これまで富士フイルムグループが開発してきた優れた材料・製品を支える基盤技術やコア技術、開発中の新しい技術・材料・製品などに直接触れていただきながら、ビジネスパートナーにソリューションを提案する施設です。ビジネスパートナーが持つ課題やアイデア、潜在的なニーズと自社の技術を結びつけ、画期的な新しい製品・技術・サービスを生み出し、イノベーションを起こしていきます。」(富士フイルムウェブサイト)としています。まさに富士フイルムでは、コア技術設定とオープン・イノベーションの推進は表裏一体の戦略と言えます。

○他企業の積極的な買収

今週号の日経ビジネスの記事では、富士フイルムによるiPS細胞技術を利用した再生医療事業の展開において、米国のバイオベンチャーであるCDI社の買収について詳しく取り扱っていますが、まさに自社のコア技術を強化する手段として買収を行うと解釈ができます。同社は、CDI社の買収の他に、ノーベル生理学・医学賞を受賞した中山教授によるiPS細胞の研究で有名な京都大学とも提携を進めています。

同記事によると、富士フイルムは、5,000億円の資金を買収用に用意してあるとのことで、今後も様々な分野においてオープン・イノベーションを買収という形で展開する戦略を持ち、それを着々と進めていると言えます。

●背景にある、「小さく、速く、多く」の戦略

なぜ、ここまで富士フイルムはオープン・イノベーションを多用するのでしょうか?それは、背景に「小さく、速く、多く」という戦略があるからです。日経ビジネスの同記事によると「まずは、自社で育成してきたオンリーワン技術を生かせるような小さい事業を速く、しかも数多く生み出す。それらを育てながら、新しい経営の柱になるような事業が見えてきたら、一気に経営資源を集中させ、さらに大きく育てあげる」ことを考えています。したがって、「速く」事業を生み出すことが前提となっていて、コア技術の領域といえども(むしろコア技術であるからこそ)、悠長に自社で開発はせず、外部の技術も積極的に獲得していこうということがあると思います。

●富士フイルムに学ぶスピードとダイナミズム

もちろん、写真フィルムという屋台骨の事業が消滅したという大きな危機を経験した企業だからこそできたという面はあるのでしょうが、この富士フイルムのオープン・イノベーションの展開のスケールとスピードは、まさに新興国の企業の台頭と彼らの戦略的な展開といった、大きな市場の変化の脅威と現実に直面している他の日本企業にとっても、学ぶべき展開ではないかと思います。

(浪江一公)