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日本企業復活の処方箋「ステージゲート法」

第84回:革新的テーマ創出のための環境の用意(その5)

(2014年6月23日)

 

セミナー情報

 

前回まで、革新的創出に向けての環境の用意として、「ネガティブ要因」(研究開発担当者がテーマを継続的に創出しないと困る状況の創出)、「ポジティブ要因」(研究開発担当者が積極的に革新的テーマを創出したくなる直接的な状況の創出)の議論をしてきました。今回と次回で、革新的テーマを創出し、事業化をする過程での阻害要因を取り除き、研究開発担当者が革新的テーマに取り組んでもよいと思わせる「中立要因」の議論をしたいと思います。

■革新的テーマ創出過程での阻害要因を取り除く
革新的テーマ創出の過程での阻害要因には、社員や経営者のテーマ創出活動へのコミットメントや時間の不足の問題があります。この問題については、以下のようなこの阻害要因を取り除く活動が求められます。

●テーマを創出するための時間を社員に与える
既にこの点は、第80回(2014年4月28日)でも議論したように、研究開発担当者は目の前の既に取り組んでいるテーマの成果の創出に忙殺されています。限られた時間の間であっても、これらの緊急度の高い業務から解放され、革新的テーマ創出に思いを巡らし、また顧客を『五感』で感じ、また市場を俯瞰するための一見無駄に思えるような時間を公式に与える必要があります。

●テーマを創出することを仕事とする専任スタッフの任命
テーマを創出することを専任の仕事とするスタッフを置くことの是非を、質問されることが良くあります。私はそのような場合、全員がテーマ創出活動を行うことで、数多くの頭脳を活用し、その中に蓄積された個人では到底実現できないような膨大な多様な知識に基づきテーマを創出し、量的にも質的にも優れたテーマを出すことができるので、専任スタッフはあまり進めないと答えることが多いのです。しかし、上でも議論したような、通常社員は緊急度の高い業務への関心やコミットメントがあまりに高いという問題を抱える中で、テーマ創出に注力できる専任スタッフを置くというのも一つの方法ではあります。実際にこのような体制をとってきる企業は、日本企業にもあります。

このような体制において、数多くの頭脳や多様な知識を使えないというデメリットを補う方法として、専任スタッフが、最終的に自分がテーマを創出する責任を負ってはいるのですが、他の研究者達と積極的な接点を持ち、テーマ案についてのインタビューを行い、また研究者のアイデア創出セッションをファシリテートするなどの方法で、専任スタッフの頭の中に、社内の数多くの人たちのテーマに関わる知識やアイデアのエッセンスを大量に蓄積し、その中からそれら知識の融合(スパーク)によりテーマを創出するという方法があります。もちろん、実施できるインタビューやアイデア創出セッションの数は限定的ですし、その時点々々の断面での社員の知識に基づくものでしかありませんが、社員は一時的であれば、テーマ創出に時間を供出してくれるはずですので、有効な方法ではないかと思います。

またこのような役割を担う専任スタッフは、ローテーションとすることで、組織的な知識の共有やセンスを持つ人材の育成にも結びつけることができます。

●経営者のテーマ創出活動への関与
経営者が自らテーマ創出を主体的に行っている企業は、少なからずあります。特に中小企業などでは、全てのアイデアを経営者が負っているなどという例は、珍しくはありません。これら企業においてテーマは継続的な自社の収益の創出源ですし、中小企業においてはテーマを継続して創出してくれるような人材が不足していることから、経営者にとってテーマ創出への関心は極めて高いものがあります。また経営者は長年経営の経験があることから、市場・顧客や技術についての知識は豊富で、またこれらを俯瞰的に見るという能力を身に着けています。しかし一方で、このような場合には、テーマ創出活動を経営者に依存し、他の社員がテーマをますます出さなくなるという問題があります。

このような問題に対処する方法が、社員が創出したアイデアに対し、経験豊富な経営者がアイデアを付加することで、より良いテーマに進化させる、もしくは新しいテーマに転化させる、もしくは有用なヒントを起案者に与えて、更に考えさせるという活動です。あくまで基本テーマ創出は社員に行わせ(日々市場の現場に触れ、また総体として多様な情報を持っている複数の頭脳を使うメリットには、大きいものがあります)、そこに経験豊富な経営者の知見を加えるというものです。実際、超高収益で有名なキーエンスや最近メディアの話題に上ることの多いアイリスオーヤマなどでは、経営者がこのような形で積極的にテーマ創出に関与しています。

●市場情報の補完機能としてのマーケティングスタッフの配置
研究開発担当者の仕事としてマーケティング活動(自ら市場との接点を持って『五感』で市場を理解する)を自ら行うことは極めて重要ですので、積極的に行ってもらわなければなりません。しかし現実には、目の前のテーマで成果を出すことのプレッシャーは極めて大きなものがあるのも事実です。このような環境において、市場の知識収集においてその一部を担う機能として、研究所などに専任のマーケティングスタッフを置くというのも一つの方法です。このようなスタッフを置いてきる企業は、少なからずあります。

しかしここで注意したいのが、マーケティングスタッフも当然のこと市場を知る上で積極的な活動はしなければなりませんが、間違っても、研究開発担当者に「私、研究担当、マーケティングはマーケティングスタッフの仕事」と理解されないようにしなければなりません。

■革新的テーマの事業化過程での阻害要因を取り除く
既存事業においては、商業化担当として既に既存の事業部門がありますので問題にはなりませんが、新事業の創出においては、事業化の体制は整っていないのが普通です。また、事業化の活動は、未踏の分野を開拓する活動ですので未知の大きな困難が待ち構えています。通常多くの研究開発担当者は、このような活動の経験はなく、また研究所内での研究開発活動とは対極の活動ですので、苦手意識を持つものです。ですので、後にこのような活動が必要とされるようなテーマは、積極的に提案しようということにはならない可能性は大きいものです。

したがって、事業化においても社内に支援体制を置く必要があります。多くの会社で新規事業開発部などが置かれ、このような機能を担います。ここで重要なのが、研究開発者と新規事業開発担当者の一体感です。新事業テーマにおいては、文字通り事業化の過程は一体の活動です。本来的に両者の境界は明確ではありません。また、日々数多くの問題が発生し、官僚的に仕事をしていては前に進めることは困難です。

私は、新規事業開発部は研究所内におき、また独立した部として部門対部門という関係よりは、研究開発担当者と一体になりながら、担当対担当のような関係の中で仕事をするようにすべきと思います。また、事業化担当は研究開発プロセスの中でも比較的後の方で必要とされますが、早い段階から事業化のことを考えての展開は重要です。したがって、事業化担当者は上で述べたマーケティング担当を兼任し、研究開発の初期の段階からシームレスで市場・事業化の面から関与するというのが良いように思えます。

■失敗を罰しない
以上の革新的テーマ創出過程での阻害要因を取り除く、事業化過程での阻害要因を取り除くの両者に共通する要素に、失敗を罰しないということがあります。

この点は極めて重要なので、次回より大きな議論の場で取り扱っていきたいと思います。

(浪江一公)