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日本の製造業復活の処方箋「ステージゲート法」

第4回:ステージゲート法とは(その2)

前回はステージゲート法とは(その1)をお話しましたが、今回は引き続きその2を議論したいと思います。

■「ゲート3:開発へ」

○ゲート3の「アイデアから上市までのプロセス」における位置づけ

このゲート3にパスすると、大きな経営資源が投入されるステージ3:開発が開始されます。従って、このゲート3の役割は極めて大きなものとなります。全体のプロセスの中で一つのハイライトとも言えます。

初期のゲート(ゲート1およびゲート2)は、イノベーティブなテーマを残すように寛大な基準でゴー/キルが判断されますが、この段階は上の理由で、厳格に評価されます。言い方を変えると、これ以降のゲートでプロジェクトが切られる可能性を極力回避するために、つまり開発の投資が無駄になることを極力防ぐために、このゲートでは厳格に評価するとも言えます。

本ゲート前のステージであるステージ2では、相当の市場や技術に関する信頼できる情報が集められていなければなりませんし、ゲート3ではきちんと信頼できる情報やデータが集められているかを重視します。また、その製品が「本当に」魅力的なのか? つまり顧客に大きな価値を提供するのか?他社製品と差別かができるのか?市場は成長するのか?自社の強みを活用でるのか?等をきちんと評価します。

開発が始まる前に調査および計画策定に多くの経営資源を投入すること、すなわちフロントローディングを重視することは、ステージゲート法の大きな特徴ですので、本当にイノベーティブな製品を極力低リスクで上市することを目的にステージゲート法を導入すると決めた企業にとって、妥協してはならない点です。

○組織的な抵抗の存在
しかし、これまでこのような方法を採っていない企業には、フロントローディングは組織的に大きな抵抗があるのが普通です。抵抗の理由は、競合他社に先を越される前に、速く先を急がなければならない。所詮不確かな市場についての情報を集めるのに時間を空費する余裕はない。また、今までにあまり経験のない、どちらかと言うと得意でない活動に時間を投入しなければならないからです。

この抵抗には、人間の普遍的な心理も背景にあるように思えます。例えば、今建物の2階にいて、その建物を出てある目的地に急ぐという状況にあるとします。2階から1階に降りる階段は直ぐ目の前の階段と50メートル先の階段が二つあり、目の前の階段も50メートル先の階段も目的地に到達するまでの時間は同じとします。しかし、早く目的地に到着しなければならないという心理の中では、掛かる時間が同じにしても、目の前の階段を利用する可能性が多いものです。これは私自身および多の人たちの観察から得た結論です(開発においては、むしろ先の階段を使った方が早く目的地に到着できます)。

従って、これらの心理的な傾向の存在も理解した上で、ゲート3は厳正に評価をしなければなりません(もちろん、このような抵抗を緩和するための策は極めて重要です。この点についてはまた別の機会で議論したいと思います)。もし、ゲート3の前のステージであるビジネスケースの策定が不十分であれば、どんなに先を急いでいても、「差し戻し」の決定をしなければなりません。

○「差し戻し」・「条件付きゴー」という判断
一つ重要な点は、ビジネスケースの策定が不十分である場合は、「キル」ではなく「差し戻し」をするということです。そのプロジェクトの魅力度と評価の基となる情報の確からしさは明確に分ける必要があります。事前の情報が不十分という理由で、プロジェクトを「キル」するのは合理的ではありません。

上で「差し戻し」の決定をしなければならないと言いましたが、実はもう一つ方法があります。ステージ2(ビジネスケースの策定)が不十分であっても、課題が少なく、また明確な場合には、「条件付きゴー」という選択もあります。ある課題の解決、明確化を前提に「ゴー」する訳です。例えば、商品化の前提となる環境基準がクリアできるかの検討が不十分の場合には、それのみがゴーを決定する上で、ボトルネックになっているのであれば、その点のみを明確化することを前提に「ゴー」の決定をするということです。これは、上では、フロントローディングが重要であるとは言え、経営資源を無断にしない(プロジェクトチームに待ち時間を作らない)、またできるだけ速くプロジェクトを前に進める方法があればそのような手段を講じても良いというものです。ステージゲート法は、決して教条的な仕組みではなく、その目的をより効果的・効率的に達成するためには、柔軟性を持つべきという方法論です。

○財務的な評価法(DCF法)
このゲートでは、通常ディスカウントキャッシュフロー(DCF)を使った、精緻な財務計算結果(リターン)を評価します。日本企業ではそれほど普及していませんが、このディスカウントキャッシュフロー法は、欧米の企業においては、様々な投資判断において共通的に広く使われている方法です。また、このゲートでは相当額の投資を決定する訳ですので、当然財務部門(CFO)がゲートキーパーとして参画します。財務部門との共通言語を持つためにもこのDCF法を使った評価は意味のあるものです。

別の機会にこのDCF法を使った、リターンの計算法の説明をしますが、研究開発の担当者であっても、このDCF法を理解して、自分自身が使えるようにしておくことは、海外で事業を展開する企業のビジネスパーソンとしての常識として必須といえます。

日本であまりDCF法が使われない理由に、結果に信頼性がないというものがあります。DCF法は、前提となる様々な数値(例えば、販売数量、製品の売価、生産のコスト、原材料のコスト等)を仮定し、最終的なリターンを計算するものです。実際にDCF法でリターンの計算をしたことがある方であれば、必ず経験することですが、数値、例えば、売価を少し変えるだけで、結果(リターン)は大きく変わるということが起きます。

それでもDCF法を使って計算することには、大きな意味があります。まずDCF法を使ってリターンを計算するには、上のように売価等様々な数値を推定しなければなりません。つまり、その変数の想定はリターンに直結するために極めて重要であり、DCF法でリターンを計算しようとすれば、どのような数値が重要となるかが網羅的に把握することができ、事前にその数値をできるだけ信頼性を持って推定する時間を持つことができるということです。

○定性的な評価項目(スコア法)
しかしながら、上と矛盾するような言い方ですが、同時に財務計算の結果を過度に重視しないことも重要になります。財務的なリターンは、多くの推定に基づき計算された数値です。一見もっともらしそうに見えますが、それが正しくない可能性も、この段階(企画・計画段階)ではかなりあります。従って、財務的な数値のみで決定することのリスクには大きなものがあります。この時点で、信頼性のある方法が、そのプロジェクトの魅力度を定性的評価項目で評価することです。

例えば、その製品の市場規模、市場の成長率、競争の厳しさ、自社の戦略との整合性等です。これら定性的な項目についてあるスケールでの評価軸を容易し、各項目毎にスコアを付け、合計点を算定します(スコア法)。この点についても別の機会に詳細に議論します。

○重要な評価の視点:市場の声(Voice of Customer)
DCF法にしても、スコア法にしても、推定に基づく訳ですので、その信頼性に関わらず、計算や評価をすることができます。リターンの財務数値やスコアの合計点等を出すと、なんとなくきちんと評価をしたような錯覚に陥ります。しかし、前提の数値に信頼性がなければ、結果にも信頼性はありません。

評価の前提として最も重要なのが、最終的に価値を認識し、そのニーズを持ち、対価を払う市場の声です。ここで重要なのが、顧客の声ではなく、市場の声に基づくことです。顧客の声というと、一部の声の大きな顧客の声に基づき評価を行い、それが市場を代表していないということは良く起こります。特にB2B製品において。従って、本ゲートの前の、ステージ2(ビジネスケースの策定)においては、「多く」の対象市場の顕在・潜在顧客の声が、ステージ2の成果物であるビジネスケースに反映されていなければなりません。一般にはゲートでは各評価者が評価点を決めることになりますが、この点に注意をして評価する必要があります(決して財務リターンの数値ばかりを議論してはなりません)。

また、プロジェクト推進側もゲートではこの点は重視されて評価されることを前提に、市場の声収集に大きな時間を投入する(ステージ2において)必要があることを理解すべきです。但し、闇雲に顧客の声を集めることは、効果的・効率的ではありませんので、そこでも工夫が必要となります。この工夫については、機会をあらためて議論したいと思います。

 

次回もこの議論を続けます。