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『価値づくり』の研究開発マネジメント

第167回:普通の組織をイノベーティブにする処方箋(14):「常識」の怖さ

(2017年10月16日)

 

セミナー情報

 

前回は、イノベーションを阻害する最大の要因である「常識」について議論をしました。「常識」は、日々のサバイバルには欠かせないものであるが故に、その創出の仕組みは、組織に内在的に組み込まれたものです。しかし、「常識」はイノベーションの阻害要因でもありますので、それを継続的に書き換えることが必要となります。今回から3回にわたり、この「常識」を組織的にどう書き換えたら良いのかを議論したいと思います。

●常識を継続的に書き換える3つの活動

常識を継続的に書き換える活動として、3つあると思います。

○その1:一般論としての常識の正体の理解

まずは、前回議論したような一般論としての「常識」の形成の背景と、そのメリットとデメリットを明確に組織で理解し、継続的にそれを書き換える必要性を共有することです。

○その2:社内にある常識の棚卸

定期的にイノベーションを阻害している、またその可能性のある社内にある「常識」の棚卸をし、それらの存在を認識することです。

○その3:「常識」を書き換える活動を組織の定常活動として組織に組み込む

そして、「常識」を書き換える活動を、日々の定常的な活動の中に組み込むことです。

 

●その1:一般論としての常識の正体の理解

それでは今回は、「その1:一般論としての常識の正体の理解」について議論したいと思いますが、既に常識の形成の背景とそのメリットとデメリットについては前回議論しましたので、ここでは「常識」の怖さについて考えてみたいと思います。

○「常識」の怖さ

今、産業界で注目を浴びている出来事に神戸製鋼所の品質データ偽装の問題があります。なぜこのような大きな活動が、長期にわたり、組織の中に広く定着していったのか?これは「常識」が形成される過程そのものと言えます。これは私の想像ですが、同社の取り扱い製品が、鉄、銅、アルミといった産業界の基盤となるような素材であるという特性上、それらは様々な市場で利用されるもので、それ故用途は拡散していきます。同時に、顧客の要求は様々で、さらにその要求は年々高度化していきます。しかし、それら拡散・高度化する要求に全て必要十分に応えることは組織能力の限界の存在故困難であり、組織をサバイバルさせるためには前回議論した「四角い部屋を丸く掃く」強い必要性が生まれます。その「四角い部屋を丸く掃く」ことで、状況に対処できると分かると(錯覚すると)、そのような思考と活動が「常識」として組織に定着するというものです。

ここで重要な点が、「品質に対し誤ったデータを顧客に提供する」ということは、誰でも間違ったことである、それも、極めて重大な間違いであると、理解していることです。また、早晩大きな問題になることは、組織の構成員は誰もが気が付き、また恐れていたことだと思います。しかし、目の前の環境になんとか対応するため、すなわち日々サバイバルするためには、とりあえず将来の問題は横に置き、目の前の環境を生き延びるために必要なこと、すなわち皆が認める組織で共有された「常識」に基づき行動をする、という強いモチベーションが働くということです。

このような活動は、人間の心理の視点からは理に適っています。それは人間が持つ「現状維持バイアス」です。「現状維持バイアス」とは以下のように定義されています。

大きな状況変化ではない限り、現状維持を望むバイアス。未知なもの、未体験のものを受け入れず、現状は現状のままでいたいとする心理作用のこと。(Hatena Keyword)

例えば、今2000ドル持っているとして、A. 50%の確率で1000ドルを失う、B. 確実に500ドル失う、という二者択一の質問をした場合、多くの回答者がAを選ぶことがこれまでの研究から分かっています。数学的に言えば、A、B両者の損失は同じ500ドルですが、人間は将来のことより現状の維持により強い関心を持つものなのです。上の神戸製鋼所の品質データ偽装の問題においては、このバイアスが極めて顕著で、A. 90%の確率で1000ドルを失う、B. 確実に100ドル失う、という数学的には明らかにAが不利という状況でも、目前の問題にとにかく対処するためにAを選んでしまったということではないでしょうか?

このように「常識」は組織にとっては長期的な視点からは非合理であっても、目の前の問題を回避するために短期を重視するという極めて強い力ということです。このような「常識」の組織における作用の強さを考えると、大変恐ろしいものと言えます。神戸製鋼所という日本を代表するような企業でもこのようなことが長期にわたり蔓延していたということは、どの組織にもこのような非合理な「常識」が広く存在していることの現れではないでしょうか?

(浪江一公)