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『価値づくり』の研究開発マネジメント

第104回:「なぜ「『価値づくり』の研究開発」なのか」

(2015年4月13日)

 

セミナー情報

 

これまで本メールマガジンをお読みいただき、有難うございます。現在本メールマガジンでは、オープンイノベーションについての議論の途中ですが、今回から本メールマガジンの名前を「日本企業復活の処方箋 ステージゲート法」から「価値づくりの研究開発マネジメント」に変更することとしました。本日は、その変更の理由を説明したいと思います。

●日本の研究開発の問題点:技術起点のイノベーションの追求
日本の研究開発の問題点が、技術起点のイノベーションの追求というと、多くの方が「何を馬鹿なことを言っているのか。研究開発はイノベーション実現のために技術を生み出す活動だぞ」と驚きを通りこして、怒りを感じるかもしれません。事実、私の個人的な経験でも、私の高校時代のクラスメート(大手化学会社で技術関係の部長をやっている)と数年前一緒に飲んだ時に、この議論をし、彼が怒って途中で帰ってしまったという経験があります(笑)。

私の主張は、収益を挙げることを目的とした民間企業においては、技術は手段に過ぎないということです。技術は極論すると収益を生み出しません。逆に、マネジメントが悪ければ、皮肉なことにコストを生み出します。事実、多くの企業で多額の資金を研究開発に投入しながら、成果が出ていないという問題を抱えています。例の「研究開発部門は金ばかり使って成果を出していないじゃないか」という問題です。

●日本の研究開発の新しい大きな方向性:「価値づくり」
何が問題かというと、研究開発に「顧客」、更には「顧客が享受する価値」という、顧客が対価を払ってくれるそもそもの対象への関心がごっそり欠けていることです。数多くの研究者が、市場から(心理的に)遠く離れたところで、研究開発に没頭している姿を想像すると、恐ろしい気持ちがします。成果、すなわち収益に貢献しないのはもっともなことです。

この問題は研究開発部門に責任があるかというと、そうとも言い切れません。そもそも企業全体で、顧客への提供価値の創出を出発点に全ての活動を始めるという視点が極めて低いのが実態です。ものづくりという言葉がその象徴です。ものづくりでは、モノが先にあるのです。

本田宗一郎の言葉に「研究所は人間の気持ちを研究するところであって、技術を研究するところではない」があります。まさにこの言葉は、研究開発部門の目的は、顧客にとっての価値を創出することであると言っていると言えます。

今、日本企業は企業全体として、従来の自社が作る製品主体の「ものづくり」という発想から、顧客が対価を払う対象として享受する「価値づくり」に展開することが求められており、その中で研究開発部門は中核の役割を果たさなければなりません。

●「価値づくり」における研究開発部門の役割

それでは「価値づくり」のための研究開発部門の役割はどのようなものなのでしょうか?

まず最も重要なのが、「顧客にとっての価値を提供する機会」を見つけることです。顧客に価値を提供する機会を見つけるのはマーケティングの役割で、研究開発部門の役割ではないと考える方もいるかもしれません。事実そういう切り分けをしている会社もあります。しかし、私はその方向は間違っていると考えています。なぜなら、技術を理解した人が顧客価値を考えることが最も効率的であるからです。つまり、1つの頭脳の中で、実現の目的としての顧客価値とその手段としての技術を同時に考える状況が常に揃っていることが、良いアイデアを創出する、すなわちスパーク(化学変化)を起こすに最も効率的であるということです。

○日立の研究開発体制の変革
このような議論を聞くと、研究開発担当者はそもそも市場への関心が低く、市場のことを考えさせることは無理だと思う方は多いのではないでしょうか。しかし、私はそもそもそれは既存の固定観念に過ぎないと思っていますし、百歩譲って、それが正しいとしても、研究開発担当者をより顧客・市場志向にすることは、日本企業の存続にとって欠くべからざる重要な活動であり、組織を変革してもその方向に勇気を持って取り組む必要があると考えています。

先月、日立が、研究開発部門の大きな変革を行いました。主要なポイントは、研究開発を市場志向にすることです。以前の日立の研究開発は、研究所からノーベル賞の受賞者を出すのだと言っていた時代もあるように、極めて技術志向の高い組織でした。しかし、ここに来て、そのような体質を大きく改め、研究開発部門を市場志向にすることに大きな戦略的な判断をしました。今、私は日立は、様々なマネジメントにおいて先駆的な会社であると大きく評価をしています。この方向は全ての日本企業に求められる方向を示していると思います。

顧客価値創出機会を見つけた上で、その顧客提供価値を製品として実現するための技術の開発が必要となります。この部分は以前からの研究開発部門の役割となります。しかし、ここで重要な点が、顧客価値が明確でない所で、技術開発の活動はないということです。多くの企業のその点で間違っています。革新的テーマであればあるほど、市場など存在しないので、顧客価値などわからないという議論です。現実にはそのようなことはありません。研究の初期の段階でも、その研究・技術が生み出す「顧客」価値は何なのかを、必ず存在する何等かの(数少ない)情報を頼りに、またこれまでの市場とのインターアクションの経験に基づき、想像力を総動員して、徹底して考えるということは十分できることです。それを怠ってきたのが、多くの日本企業の研究開発ではないでしょうか?

●これからの本メルマガの内容について

これまで103回に渡り、「日本企業復活の処方箋 ステージゲート法」というテーマで、本メールマガジンを配信してきました。実を言うと、既に内容については「価値つくり」を強く意識して、このメールマガジンを配信してきましたので、内容に関しては特に変わる点はありません。従いまして、番号は継続して、また内容は従来の内容を続けて行きたいと思います。

今後とも本メールをお読みいただければ、幸いです。

(浪江一公)