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日本企業復活の処方箋「ステージゲート法」

第82回:革新的テーマ創出のための環境の用意(その3):表彰について

(2014年5月26日)

 

セミナー情報

 

前回は、15%ルールなどの革新的テーマ創出のための環境の用意に向けての「ハードの仕組み」に加え、研究開発担当者に心理的な面からテーマ創出を促す「ソフトの仕組み」の必要性と、その中の「ネガティブ要因」について議論をしました。今回は、この「ソフトの仕組み」の中の「ポジティブ要因」について、表彰に焦点を当て議論をしたいと思います。

■ポジティブ要因:革新的テーマへの取り組みが最終的に幸福感を生む仕組み
この「ポジティブ要因」は、「革新的テーマ創出のための環境の用意」の仕組みとしては、分かり易い仕組みです。研究開発担当者が革新的テーマ創出に取り組めば、仕事、さらには人生において(最終的に)幸福感を感じることができるというものです。その中の代表的な仕組みに、表彰があります。

たとえば、優れたイノベーションマネジメントを行っていることで有名な3Mでは、カールトン賞、パスファインダー賞など20以上の表彰が用意されています。3Mがこのように表彰を多用していることが示すように、表彰は次に挙げるような革新的テーマの創出、取り組みの促進に大きな効果を持ちます。

○表彰の効果
「他者からの認知」は、有名なマズロウの研究による人間の「欲求段階説」の中でも高次(5段階中上から2番目の「自我の欲求」)に属すものですが、このような学説を持ち出すまでもなく、皆さんの過去の経験からも、「他者からの認知」は社員の幸福感を生み出し、その結果モチベーションを大きく向上させる効果があることがわかると思います。これを企業が公式の仕組みとして、実施するのが表彰です。企業におけるこの表彰の効果は、貢献者本人(グループ含む)とその他の社員に分けられます。以下に別々に議論をします。

<貢献者本人に対し>
認知を受ける対象のステークホールダは複数存在しますので、それらの複数のステークホールダの認知を広くかつ効果的に受けるような表彰の仕組み・工夫が必要です。

第一番目のステークホールダは、自社の経営陣です。この場合、表彰を企画・実施するのは、基本的には経営陣ですので、貢献者に対する貢献や能力・活動の「認知」を行えば良いだけですので、比較的簡単です(もちろん、下で議論するようなできるだけ効果的にするための工夫は必要です)。

経営のトップだけでなく、同僚、上司やその他の社員、また更には外部から自分の存在・能力が認められることは、本人にとって大きな喜びです。少数の、そして悪く言えば社員を繰る意図を持って評価をする経営陣からの表彰に比べ、自然発生的に生まれるこれらステークホールダからの認知の方が、より本人にとっての効果は大きいでしょう。しかし、放っておいては、これらのステークホールダは認知をする機会がありません。企業としてはこれらのステークホールダの認知を最大化する工夫が必要です。

その他、家族や親戚から自分の功績や能力を認められることも、本人にとってはうれしいことです。

以上のような本人のモチベーションが向上するステークホールダを意識して、表彰を設計する必要があります。

<他の社員に対し>
表彰は革新的テーマの創出・取り組みに向けての受賞者本人のモチベーションアップだけではなく、他の組織の構成員の視点からも効果があります。

-他の社員のモチベーションを向上させる
誰しも他の社員が価値ある賞を受賞すれば、うらやましく感じるものです。前回の連載で紹介した「自然性」の社員は、「よし次はおれ・私の番だ」と思うでしょうし、「可燃性」の社員の中からは、このような他の社員の受賞に刺激を受け「おれ・私もやってみようか?」と思う社員が出てくるでしょう。

-社員全員に会社が重視する活動・姿勢・能力を知らしめる。
表彰は会社が社員に持って欲しい活動・姿勢・能力を示すものであり、それを社員に知らしめる恰好の機会でもあります。いくら企業側でメッセージを発信しても、会社が本気であるという証拠がなければ、社員は納得し実行に移しません。なぜなら、会社の中では、経営陣がやるといったことが実際には実行に移されない、また計画した成果を生み出さないことは良くあることですので、学習を積んだ社員は、まずは会社が本気かどうか状況を注意深く観察することを選ぶからです。

まさに表彰は、社員にメッセージを伝え、そしてそのメッセージに沿って「実際に」社内で成果をあげた事実を公式に賞賛することで、会社はそのメッセージの追求に向けて本気であることを、効果的に社員に伝える道具として機能します。

-企業文化・風土の醸成への貢献
企業の文化・風土は、日々の様々なレベルの様々な活動・出来事、その結果が社員により認識、解釈され、その結果として社員の気持ちの中に共通的に生まれる価値観であり、それは社員の自然発生的な気持ちの問題であるので、それを外部からの力だけで醸成するのは不可能です。しかし、表彰は外部から影響を与えることのできる数少ない手段の一つです。なぜなら、表彰においては、「実際に」社内で成果をあげた事実をもって表彰するからです。この「事実」の持つ社員の自然発生的な気持ちへのインパクトは大きいものです。このような事実を積み上げ、表彰を続けることで、経営者が狙う企業文化・風土を造っていくことができます。

○表彰をより良く機能させるためのポイント
以上のような効果およびその前提を考慮することで、本当に機能する表彰を実現し、表彰の価値を高めるためのポイントが見えてきます。以下に議論したいと思います。

・企業の業績と強い相関関係があると認識させること
まず、表彰された活動が、その企業にとって大きな価値があるものである必要がありますが、その点を社員が十分に認識しなければなりません。そのためには、なぜこのような表彰が設けられたのか、なぜ継続しているのかを社員にきちんと説明しなければなりません。つまり、具体的に収益が生まれたことなどの最終的な結果だけでなく、その結果を生み出した活動や姿勢を伝える必要があります。

・本当に企業がその表彰を長期にわたり重要視していることを示すこと
まずは、会社がその表彰を重要視していることを示さなければなりません。したがって、表彰はできるだけ印象的にする工夫が必要です。したがって、社長などのシニアの経営陣が表彰する表彰式を開催するなどが求められます。また、表彰が数年で中止になるようでは、社員の間では、会社は本気ではない、もしくはもはや表彰の対象となっている活動は重要でないと理解してしまいます。表彰は一度始めたら途中で中止してはなりません。

・会社の意図、運営方法が公正であると社員が理解すること
社員は直観的に会社のメッセージに対し、隠された本当の意図は何かを考え、公式のメッセージの陰に何か意図があるのであれば、それを敏感に察知するものです。もしその意図が公正でなければ、その時点で、その表彰は正統性を失います。また、受賞者の選定に関しても、同様の理由で公正でなければなりません。

・多くのステークホールダに長期にわたり受賞の事実を伝え、その事実を残すこと
受賞の事実は社内外に広く認識されることが必要です。したがって、受賞の事実と受賞者は、社内外に広く発信し、またその事実は長く自社のウェブサイトなどで公開し続けることは重要でしょう。

次回も引き続き、表彰を含め「ソフトの仕組み」の議論を続けたいと思います。

(浪江一公)