Top
> メルマガ:日本の製造業復活の処方箋『ステージゲート法』

 

日本企業復活の処方箋「ステージゲート法」

第68回: 「数多くの顧客とコンタクトをする」

(2013年11月18日)

 

セミナー情報

 

現在TADモデルの2つ目の軸の「分野軸(Area)」の議論をしていますが、今回はその「分野軸」3つ目の「数多くの顧客とコンタクトをする」について議論をします。

●ビッグデータの活用以前からある「数多くの顧客とコンタクトをする」

数年前からビッグデータの活用が、企業の間で広まっています。インターネット、ソーシャルメディア、携帯電話ネットワーク等のICTを利用して、数多くの顧客のデータを収集し、それらの解析の結果からマーケティング等の事業展開に利用しようとするものです。もちろんビッグデータの活用は、ICT技術の発展と普及により実現されたものですが、「数多くの顧客のデータ」の利用という面では、それ以前から行なわれてきたことです。

例えば、婦人下着のメーカーであるワコールは、50年前の1964年から女性の体型の実測データを収集し、現在では4万件以上のデータを保有しています。その中には、同一人物の30年間の体型の変化なども含まれています。同社はそれらの有用なデータを、製品開発に活用しています。

フィンランドのKone Crane社は天上走行クレーンのメーカーです。同社は保守サービス事業にも積極的に取り組んでいますが、保守の対象クレーン全体の内、自社製のクレーンは2割にすぎず、その他8割は他社の製品を対象としています。同社は、これら他社の製品を含めたクレーンの日々の保守から得られるデータを積極的に製品開発に活用しています。その結果、高い新製品比率を実現しています。

シマノは米国進出後に、自社製品のアフターサービス、クレーム処理、製品紹介、修理の手伝い、情報収集を目的に、若手社員を2人一組みにしてステーションワゴンに自転車部品を積んで、3年間を掛け全米に散らばる6000もの自転車店を訪問させました。その結果、誰もが目をみはる「業界通」になることができ、そこで集めた情報、経験はその後の製品開発におおいに活用されることになります。

●「数多くの顧客とコンタクトをする」効果

これらの企業のように、必ずしも最先端のICTがなくても、もしくは全くICTを利用することなくても、数多くの顧客とコンタクトし、そこから有用なデータや情報を入手することができます。そこからは、以下のような効果を実現することができるようになります。

○市場を俯瞰
数多くの顧客のデータや情報をつかむことで、市場の全体像を俯瞰して見ることができるようになります。市場の全体像を捉えることで、どこにどのようなニーズがあるのか?そのニーズは大きいのか、小さいのか?それは全体に分布しているのか、一部分に集中しているのか?なぜそのようなニーズが生まれているのか?そのニーズは長期にわたり持続するのか?といったことが見えるようになり、更には市場を「感覚」として捉えられるようになります。

○情報の精度の向上によるタイミングの良い果敢な意思決定
コンタクト先の顧客数が多ければ、それだけそこから導きだされる結論や仮説の正しさの確率は高まります。それにより、果敢な経営上の意思決定をタイミング良く、自信を持って行なうことができるようになります。

○辺境のニーズの発見機会の拡大
「イノベーションのジレンマ」の著者であるクリステンセンによると、新しいニーズは、市場の辺境から生まれることが多いという事実があります。数多くの顧客とコンタクトを持つことで、第58回で議論したような隠れたライトハウスカスタマーを見つける可能性が高まります。

●「数多くの顧客」とはどのくらいの数の顧客なのか?

上のワコールの例では4万件、Kone Craneの例では数十万件、シマノの例では6000の自転車店であり、対象顧客はかなりの数にのぼります。これだけのデータを集めるには、いくら最先端のICTを使うにしてもその収集や仕組みづくりの時間を含めて、すぐに効果を享受するまで至ることは難しいでしょう。

しかし、それだけ多くの数のデータでなくても、それなりの数のデータでもなんらかの傾向はつかめるものです。例えば、第65回のメルマガ通信の中でも以下の文章を紹介しましたが、B2B製品の場合であれば、一桁の数の顧客のデータ・情報を横串で見ることで、いままで見えなかったことが相当良く見えるようになります。そして傾向の仮説さえつかめれば、その仮説を検証することにフォーカスを当てて効率的に仮説を検証できるようになります。

「パナソニック、NEC、富士通など、携帯電話の多くの端末製造企業と深く付き合っているので、全ての技術情報が集まります。携帯電話の会社は自社のことしか知りません。だから、携帯電話の技術について最も良く知っているのは弊社でしょう。」(携帯電話向け半導体メーカー技術担当者の言葉)

●「数多くの顧客とコンタクトをする」ことで実現できる模倣困難性

近年では、他社と同じような活動をしていては、他社製品と差別化し勝てる製品を開発することは困難です。同じようなデータや情報に基づいていれば、同じような製品になる可能性は高くなります。また、仮に他社より先に市場投入できたとしても、他社が直ぐに追随し、自社が享受できる無競争の期間は短期間になりがちです。ノーベル賞の受賞者や特許の取得など、競合者・競合企業とほんの数日で、受賞や取得を逃がすという例は驚くほど多いものです。

一方で、「数多くの顧客とコンタクトをする」ことで長い期間をかけて蓄積したデータは、簡単には他社がまねできないものです。例えば、上のワコールの例で言えば、同一人物の30年間の体型の変化は、他社が同じデータを収集しようと思えば確実に30年かかります。

このように、数多くのデータの蓄積は長い期間を通じて実現されるものです。更にその時点々々での仮説の構築とその検証という活動を継続して行なうことで、市場や製品について競合他社に対する模倣困難な知識を構築することができるようになります。

●効率重視の弊害:「効率重視ではコストの低下しかもたらさない」

多くの人は、闇雲に数だけを求めて数多くの顧客とコンタクトすることは非効率と考えるかもしれません。しかし、ますます不確実性の高くなる市場環境の中、革新的な製品を創出するには、効率だけを重視した展開は限界に来ています。効率だけの重視は、コストの低下しかもたらさないものです。もちろんコスト低減は重要な要素ではありますが、いかに顧客への提供価値を高めるかをより重視する必要があります。

そのため、革新的な開発テーマを創出するためには、ある程度のムダや冗長性を許容することが必要なのです。革新的なテーマ創出の活動を是非費用ではなく、投資と考えてください。

(浪江一公)