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日本企業復活の処方箋「ステージゲート法」

第65回: 「広義の市場に目を向ける」(その1)

(2013年10月28日)

 

セミナー情報

 

前回までは「時間軸」の6つ視点を議論しました。今回からは2つ目の軸の「分野軸(Area)」に入っていきます。今回は「広義の市場に目を向ける」を議論します。

●「お客様は神様」症候群

現在の顧客は企業にとって大変重要です。とにかく、目先の売上を上げるための拠り所であるからです。また、中には次の製品についての直接的な要望をしてくれる顧客もあり、自社の売上から言うと極めて確実性が高い顧客です。従って当然自社としては大変大事にしますし、そうでなければなりません。お客様は神様であり、なんとしてもこの既存の顧客の満足度を向上させ、高い水準に維持することは至上命令です。既存の「お客様は神様」なのです。

しかし、 革新的なテーマの継続的な創出の視点から言うと、かならずしも既存の目の前の顧客は、神様ではありません。既存の顧客だけに目を向けていては、決して革新的なテーマを継続的に創出することはできません。

●革新的テーマのタネは既存の顧客の外に存在する

通常自社の既存の顧客は、自社以外にも競合他社と取引をしているものですし、競合他社も自社と同様に、その顧客を程度の差はあれ、ある程度重要な顧客と見てアプローチをしています。そのため、その既存顧客は自社だけでなく競合他社に顧客の要望を伝えている可能性は高いものです。その情報は、自社にだけ提供されているものではなく、その情報に基づき開発された製品は競合他社との競争になる可能性が高いのです。

加えて、既存の顧客が市場を代表するニーズを持っている保障はどこにもありません。仮に、その顧客が顧客の市場において大きなシェアをとっていても同じです。有名なハーバードビジネススクールのクリステンセンは彼の有名な本の「イノベーションのジレンマ」中で、イノベーションのタネは既存の顧客ではなく、周辺(市場の辺境と言っても良いかもしれません)に存在するまだ小さなその市場ではチャレンジャーである企業が認める可能性が高いことを、様々な業界でのプレーヤーの変遷の分析に基づき主張しています。

人間も企業もその他の組織も、従来の状況が永遠に続くと錯覚してしまうものです。それでなくても、様々な変化が起こる現在のビジネス環境の中で、従来のビジネスのやり方を根本的に変えるような動きは、見たくないという本能が働くからのようです。最近の日本のデジタル家電分野での世界市場での地盤低下なども、このような組織の持つ本能的な特徴から説明できるのではないかと思います。この企業や組織のステータスクオーへの拘泥は、共通的に存在しまた本質的なものです。

●非顧客に目を向ける

つまり、革新的なテーマの継続的創出のためには、既存の顧客以外の顧客、ドラッカーの言葉では「非顧客(non-customers)」に目を向ける必要があるということです。そこには、もちろんこれまで営業活動を行いながら受注に成功していない顧客もあるでしょうし、また従来は営業の対象としては考えていなかったような潜在顧客もあります。革新的テーマの創出の視点から言うと、むしろ後者のこれまで考慮の対象外であった潜在的な顧客により革新的なアイデアがある可能性が高いのです。

近年リバースイノベーションというコンセプトが注目されています。これまで日本企業は、過去には欧米の先進事例をまね、追従するということで成功をしてきました。そのため現在でも新しい製品やビジネスモデルなどイノベーションのタネについても欧米企業の先進事例に強い関心を持つ傾向があります。一方でリバースイノベーションは、先進国ではなく発展途上国で売れている製品や顧客のニーズを収集して、単にそのローカル市場対象の製品という視点ではなく、全社の視点から自社のイノベーションに活かそうという考え方です。つまり、発展途上国の顧客のニーズは、先進国の顧客のニーズを辿って進展するだけではなく、発展途上国独自のニーズがあり、またそのニーズはこれまで先進国にもニーズがありながら見逃がされてきた場合があるというという主張です。場合によっては、むしろ先進国には様々な法規制やこれまで既になされた大きな投資等の制約があり、むしろ途上国のニーズが先進国のニーズを追い越して、ニーズの面からはより先進的であるという場合もあるのです。

是非自社の活動が既存の顧客に偏重している企業は、視野を大きく広げて、市場の辺境にある顧客にも目を向けてください。そこには、革新的テーマの発想を刺激する様々な発見があるに違いありません。

●顧客ではなく市場に目を向ける

別の言い方をすると、革新的なテーマを継続的に創出するには既存顧客だけではなく、非顧客を含めた市場に目を向ける必要があるということです。そのような視点を持って活動をすることで、単に新しいニーズを発見することができるだけでなく、今まで『顧客』単位というミクロにしか見えていなかった自社の活動の対象が、『市場』というマクロの視点で俯瞰的に見ることができるようになります。良く使われる英語の単語にeye-openingという言葉がありますが、まさに、新しい世界が見える、目を見開かれる経験をすることができます。3MではVOC(Voice of a Customer)ではなく、VOM(Voice of the Market)を見る必要性を強調していますが、まさにVOMに目を向けるということです。

下の文章は、携帯電話向け半導体メーカー技術担当者の言葉です。

「パナソニック、NEC、富士通など、携帯電話の 多くの端末製造企業と深く付き合っているので、全ての技術情報が集まります。携帯電話の会社は自社のことしか知りません。だから、携帯電話の技術について最も良く知っているのは弊社でしょう。」

最近は日本の携帯電話メーカーや半導体メーカーが次々と撤退したり、事業を縮小したりしているので、ちょっと説得力に欠けると感じる方もいるかもしれませんが、言っていることは、業界を問わず当てはまることです。

まさにこの半導体メーカーの技術者は、VOCの視点ではなく、VOMの視点で市場を見ているのです。

ということで、多くの顧客に目を向けることで、市場を俯瞰して見ることができるようになり、今までのミクロ視点では見えていなかった市場の実態が浮かびあがってきます。加えて、このような情報や知識は簡単には持つことのできないものですので、このような知識や情報を蓄積することにより競合企業に対して重要な能力面での差別化になるのです。製品での差別化点はいつかは真似されてしまいますが、能力面での差別化は、時間がたってもまねすることは困難ですので(差別化点を持っている企業は常に先を行くことができるため)より重要です。

次回も引き続き、「広義の市場に目を向ける」について議論をしたいと思います。

(浪江一公)