Top
> メルマガ:「目からウロコのBtoBマーケティング」

 

「目からウロコのBtoBマーケティング」

第7回:顧客ニーズ再考(その1)

(2012年4月23日発行)

マーケティングにおいて極めて重要なキーワードに、顧客ニーズがあります。顧客ニーズはマーケティング活動の最も重要な拠り所です。今回この顧客ニーズについて、考えてみましょう。

顧客ニーズの議論で良くあるのは、ニーズとウォンツや顕在ニーズや潜在ニーズについての議論です。ウォンツは、既に顧客がどの製品もしくはどのような製品を欲しいかまでわかっている欲求。ニーズはこのような問題を解決したいというレベルの欲求。顕在ニーズは文字通り、既に顧客において明確に認識しているニーズ。潜在ニーズは、顧客自身がまだその存在を認識していないニーズのことを言います。

以上の議論をも踏まえ、私は顧客ニーズを以下のような整理で考えています。

●顧客ニーズの4段階
本整理は、顧客ニーズを4段階で捉えるものです。4段階とは、「製品化済みニーズ」、「形式知化済みニーズ」、「暗黙知ニーズ」そして「未知のニーズ」です。下で一つ一つ議論をして行きます。

○「製品化済みニーズ」
「製品化済みニーズ」は文字通り、既にその顧客ニーズがどこかで製品化されているニーズです。通常ウォンツはこのレベルのニーズの事を言います。

多くの企業の製品は、この「製品化済みニーズ」の製品化を狙って進められています。他社から上市された製品が市場で好評を博し自社でも早く上市しなければならないと考える場合です。

この製品化済みニーズの製品企画は、一見リスクが低く見えます。なぜならば、既に顧客および顧客のニーズが存在することが明確であり、市場が拡大していれば、とりあえず自社製品が売れる可能性はあるからです。

その為、社内で承認は得やすいということになります。商品企画や開発部門にとっては、リスクも低く、社内での稟議が簡単に下り、大変都合の良いニーズです。しかし、実際のリスクは高いのです。なぜなら、今から製品化しても、自社がその製品を上市した時には、先行企業はさらに次の製品を展開している可能性もあり、またその他の複数の競合企業も自社と同じように追随するからです。加えて、利益率は競争の中で価格が決まるため、高い利益率を実現することは困難です。

この点は、私が言うまでもなく、自明のことなのですが、上のような組織的な理由で、このような活動に相変わらず血道を挙げている企業が多いのも事実です。結果として、このような展開を続けていると、追随者として強い力を持っている場合を除き、現在の日本のような低成長下では長期凋落の道を辿ることになります。

○「形式知化済みニーズ」
ご存知の方も多いと思いますが、十数年前に一橋大学の野中郁次郎教授他が使い始めた言葉に形式知という言葉があります。形式知とは、言葉、文章、絵などに表すことができる知識のことを言います。つまり形式知化済みのニーズとは、顧客が言葉や文章にして、サプライヤーを含め第三者に語ることができるニーズです。(もう一つ形式知と対の言葉として暗黙知がありますが、その説明は下でします。)

近年顧客の声、すなわちVOC(Voice of Customers)が大事であるという議論が多くされるようになりました。なぜなら、新しい製品の企画・開発を行う場合、顧客のニーズを基にせず、自社の思い込みで出した製品が、市場に出してみたらさっぱり売れなかったという事例が多いからです。

その点から言うと、VOCを重視する意味は大きいことは間違いありません。しかし、VOCとはあくまで、『顧客が発する声』に耳を傾けようという活動であり、『顧客が』声を発することを前提としています。

ここでのポイントは、なにかしらニーズの源を明確な顧客ニーズという形式知に置き換え、顧客が声を発することができるようにするまでの作業は、製品アイデアや設計上の工夫などを経て実現されるものであり、ここでは、顧客自身がそれを行うことを前提としています。当然この場合、アイデアの発想や設計上の工夫は顧客に帰属し、その果実は顧客自身が得ることになります。その結果、そのニーズをサプライヤーが製品化した場合には、顧客が認識するその製品の価値は低いものとなります。

加えて、形式知は仕様書のように(仕様書は形式知化されたニーズの究極的な一形態ですが)誰にでも比較的簡単に移転できるものであり、自社と同じようにVOCを集める競合企業も既に知るところとなり、製品化してもそこには競争が待ち構えています。

以上の結果、必然的に自社製品の利益率は低く抑えられてしまいます。

最近の日経新聞の記事に、NECの研究所の研究者が顧客ニーズを集めるために、顧客訪問をし、顧客に対し「何かお困りのことはありませんか?」と聞いて回る仕組みを導入したとありました。もちろん、これまで象牙の塔に閉じこもっていた研究者が市場に出て顧客との接点を持つということの意味は大きいのですが、「何かお困りのことはありませんか?」という質問は、この形式知化済のニーズを聞くことであり、加えて研究所という製品のかなり上流の新たな技術への取り組みを使命とする組織においては、ちょっと的外れに思われます。加えて、顧客によっては、「忙しいのに何だ。提案ぐらいもってこい。」と言われる可能性は高いですし、このような訪問は顧客一箇所に対し、一回しかできません。

○「暗黙知ニーズ」
暗黙知は、形式知とは反対に、自分では知っているが、言葉、文章、絵で表すことができない知識です。この例としては、匠の技などがあります。匠の技はマニュアルなどに表されてはおらず、匠の技を習得しようと思えば、その匠と一緒に仕事をし匠の仕事を観察したり、場合によっては昔の徒弟制度のように、まずやってみて失敗したら殴られながら習得するような種類の知識です。

以上をニーズの議論に当てはめると、暗黙知ニーズとは顧客はそのニーズの存在にはなんとなく気づいているが、そのニーズを明確に表現することができない、もしくは表現しようという強い動機をもっていないというニーズということです。

暗黙知ニーズの存在に気がつき、それを形式知化するという作業には、顧客にとって価値があります。なぜなら、顧客の潜在的な課題解決のきっかけになるからです。良く問題解決能力より課題認識能力が重要と言われるように、解決の対象である課題を発見することが経営上は重要であるからです。

加えて、暗黙知ニーズは、顧客自身が語ることはできず、競合企業にも知られていない可能性は大きいので、この暗黙知ニーズに基づく製品の利益率は高くなる傾向にあります。

しかし、暗黙知化されたニーズを収集することは簡単ではありません。上のNECの研究者のように「何かお困りのことはありませんか?」と聞いても出てこない類のニーズです。この暗黙知ニーズを収集するには、自社からの提案が絶対必要となります。但し、自社の提案は顧客の暗黙知化されているニーズにぴったり合っている必要はなく、顧客の発想を刺激するような提案を持っていくことが重要となります。つまり、「そうだよ。こんな物があれば良いと思っていたんだ。ただ、現実はちょっと違っていて、こうこうこうだ。」といった反応が得られれば良いのです。

しかし、最初からこのような反応を得ることは難しいでしょう。従って、顧客とのコンタクトの中からその提案を進化させたり、新たな提案を創出し、また顧客にぶつけるという作業を繰り返すことが重要となります。このような作業を粘り強く続けていけば、暗黙知化したニーズにぶち当たる可能性はかなり高いと思います。

○未知のニーズ
上の潜在ニーズは、顧客が既になんとなく気づいているニーズです。と考えると、顧客も全く気づいていないニーズもあるわけです。このニーズをここでは未知のニーズと呼んでいます。

この未知のニーズを常に追いかけて、そのニーズに基づき製品化をすることの価値は極めて大きいのです。

なぜなら、まず、未知のニーズは膨大にあり、尽きることはありません。BtoBの顧客は日々変化する市場環境の中で経営を行っており、顧客の課題は永遠に尽きることはありません。なぜなら、課題を解決することが、経営の本質であり、実はその課題の解決をいかに効果的・効率的に行うかが、企業にとっての価値創出の源泉であるからです。

従って、サプライヤーの自社製品の周辺にも当然顧客の尽きない課題が存在します。この未知にニーズの数は、ある時点を取ってみても、上の暗黙知化したニーズの10倍ぐらいの数が存在するのではないでしょうか。

現実には、上の暗黙知ニーズとこの未知のニーズとの境界線は必ずしも明確ではありませんが、求められる姿勢や活動は大きく異なります。暗黙知ニーズにおいては、「顧客の周辺」の活動によって、簡単ではありませんがある程度は収集することができるでしょう。しかし未知のニーズは、暗黙知ニーズ以上に見出すことは難しく、「顧客を越えて」の強い姿勢と活動が求められます。何しろ顧客にも未知のニーズを探る訳ですから。

しかし、それゆえそれを発見した時の果実は大きなものとなります。このような未知のニーズを発見することを偶然に頼るのではなく、体系的かつ継続的に行う価値は極めて大きなものであることは、皆さんも想像がつくでしょう。

それでは、次回は、未知のニーズをどう見つけ出したら良いのか、またそれをどう継続的に行うかを議論したいと思います。