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「目からウロコのBtoBマーケティング」

第6回:「マーケティングは芸術である」とは?(その2)

(2012年4月9日発行)

「マーケティングは科学であり芸術である」これはマーケティングについての説明で有名な言葉です。この言葉には、マーケティングの本質を説明する重要要素が含まれています。前回はこの文章の後半の「マーケティングは芸術である」の部分について、「市場を芸術する」には(1):「イノベーティブな粗アイデアを創出する仕組みを作る」を議論しましたが、前回に引き続いてこの部分について考えてみたいと思います。

●「市場を芸術する」には(2):仮説・検証・修正サイクルをまわす。
市場は様々なステークホルダから構成されていて、その変数の数は膨大です。また、各ステークホルダはBtoBの世界でも、突き詰めると生身の人間であり、必ずしもいつも合理的な行動をするとは限りません。そのため、市場は不確実性に溢れています。このような条件下において、一つの有効なマーケティング判断に至る良い方法が、仮説・検証・修正のサイクルをまわすことです。

具体的には、「イノベーティブな粗アイデアを創出する仕組みを作る」(「市場を芸術する」には(1))で創出した粗アイデアを仮説として、その仮説に焦点を当て、より突っ込んだ調査・分析するもしくはなんらかの初期的な活動を行うことです。その結果、その仮説が正しいことが分かれば、その仮説を採用し、さらに行った調査・分析や活動を踏まえその方策をより具体化します。もしその結果が正しくなければ、仮説を修正し、同じようにその修正仮説に焦点を当て、より突っ込んだ調査・分析・活動を行い、仮説が有効のマーケティング施策となるまで、もしくはその活動を中止するという判断に至るまでこのプロセスを繰り返すわけです。

芸術作品で言うと、一度何かの作品を作る。そして出来上がった物が気に食わなければ、投げ捨て、新たな作品に取り組むというプロセスと同じかもしれません。

ほとんどの場合、このプロセスを辿ることで、正しいマーケティング施策、もしくは場合によっては適正な施策は存在しないという結論に収斂していきます。なぜなら、人間はその仮説が正しくなくても、その間違った仮説を検証する過程で、その市場について相当の洞察を得ることができるからです。

実は、人間は、「仮説・検証・修正のサイクル」を回すことが重要だと、いまさら言わなくても、ある程度考えたら、とにかくやって見るということで、誰でも通常やっていると思います。つまり失敗から学ぶわけです。ここでのポイントは、この仮説、検証、修正という構成要素を意識して、きちんとその構成要素の活動を行い、かつ失敗から学ぶ姿勢が重要ということです。

●「市場を芸術するには」(3):失敗を奨励する。
イノベーティブなマーケティング施策は、数多くの粗アイデアを創出し、それを仮説・検証・修正を経て、あるものは葬り去られ、あるものは進化して生まれてくるものだと思います。よく成功するのは千のアイデアの内3つだなどと言われますが、ここでの問題は最初からどの3つが成功するかを知ることはできず、とにかく千のアイデアを実行してみないと、3つの成功は得られないということです。

もちろん、千のアイデアから3つではなく10の成功製品を生み出すためのマネジメントもありますが、この部分にはかなりの偶然も左右し、むしろ分母の粗アイデアの数を増やすことが重要となります。

分母を増やすためのポイントは、千のうち3つしか成功しないとすると、997は失敗する訳で、この千分の997という圧倒的な確率で起こる失敗を責めるようなマネジメントをすると、もちろん、トーマス・エジソンやスティーブ・ジョブスのように数多くの失敗にもめげず成功への強い執念を持ってやり遂げる稀有なタイプの人間もいないわけではありませんが、ほとんどの人はアイデアを出したり、それを実行するということを止めてしまいます。そうなるとイノベーティブな製品や売り方を創出することはほとんど絶望的です。

しかし、現実には、「失敗を許容せよ」という掛け声はあるものの、実際にはそのようなマネジメントを行っている企業はまれではないでしょうか?経営者として、失敗はそこだけを見ると会社にとって損失ですので、どうしても社員の失敗に対し罰を与えてしまいます。また自分の子供の教育などの実経験から、人間は失敗に対しては、理論や理性を越えて、なにやら罰を与えたいという強い衝動もあるような気がします。その結果、頭では分かっているが、どうしても失敗には厳しく当たってしまうということが起こります。

●3Mの「市場を芸術する」事例
3Mはポストイットをはじめ、多数のイノベーティブな製品を過去から継続して創出してきている企業ですが、まさに3Mはこのような「市場を芸術する」ための活動を行っている企業と言えます。

○15%ルール
最近日本の企業でも、類似のルールを導入する企業が見られるようになりましたが、3Mの研究者は勤務時間の15%を自分の好きなテーマに使うことができるというルールがあり、その利用が奨励されています。このルールのおかげで、自分の担当を超えた(多様な)情報やアイデアを収集することができます。つまりここまでで述べた、多様な情報を集めることと、そのための冗長性を企業の仕組みとして日々の活動に組み込んでいるわけです。

○テクノロジープラットフォーム
しかし、自分の好きなテーマに取り組むと言っても、3Mの活動からかけ離れたテーマに取り組むことはできません。3Mはテクノロジープラットフォームといって40以上の対象とすべき技術領域がきっちりと規定されていて、その分野を逸脱したテーマへの取り組みは認められていません。

その背景には、多様な情報といっても、全く関係のない情報を広く浅く集めても、それらの情報やアイデアの融合からは良い化学変化が生まれにくいということがあります。また、ここでの議論とは直接関係はありませんが、仮にそこで成功しても単発の商品に終わってしまい、企業の成長に寄与しにくいということもあります。

○組織の壁を越えた社員の密度の濃い交流
カルロス・ゴーンが日産で行った改革で「クロスファンクショナル・チーム」の活用があります。様々な部署から人が集まり、日産の課題を多様な能力・視点を持つ人材を結集して解決しようという活動で、結果として大きな成果をもたらしたようです。しかし、施策として決して斬新なアイデアではありませんが、これ程注目を浴びたということは、むしろ、いかに企業という組織において組織の壁を越えて、力を結集することが難しいかを示しているように思えます。

まさにこの「クロスファンクショナル」を、定常的にかつ公式・非公式に組織の中に組み込んでいるのが3Mです。3Mにおいては組織を超えて協力しあう風土が長年の活動やマネジメントの中から醸成され組織内に重要な価値観として共有化されています。その協力は上で紹介した15%ルールの中での、非公式なテーマへの取り組みでも発揮されています。ポストイットの開発においても、一度却下されたポストイットの開発は、決してあきらめなかった開発者によってその商品化が進められ、その過程では、役員秘書等(実際に使って開発者にフィードバックをした)、研究部門だけでなく、組織の様々な人たちとの非公式な協力の中で実現されたものです。

○失敗を奨励する
「すばらしい成功もあったが、ひどい失敗もした。しかし、ある意味では失敗も貴重である。だれかがいったように、成功からも学べるが、失敗から学んだ方が早いものだ。」これは3Mの元CEOであるルー・レアー氏の言葉です。上で述べたように多くの会社で失敗から学ぶ重要性がうたわれながら、実行されている例はまれですが、3Mではこのルー・レアー氏の言葉を積極的に実行に移し、失敗は許容されるどころか、奨励されています。

○密造酒造り
密造酒造りとは、上司に無断で、自分が興味を持つテーマに取り組むことができるというルールです。実際の運用は上で説明した15%ルールの勤務時間の15%の中で行われます。ちょっと普通の会社では考えられないような、マネジメントの常識とは正反対のルールです。なぜこのルールがあるかというと、市場は不確実性にあふれ、上司もそのアイデアの市場性について誤りをおかすことは多いということがあるからです。上でも触れたポストイットは、マネジャーに却下されたものを、上司に無断で商品化を進め成功したものです。

上司に無断で進めるテーマで問題になるのは、ある程度の投資が必要になると、通常の企業であれば上司に当然相談しなければならなくなりますが、3Mでは簡単ではありませんが本社の費用で開発を進められるという制度もあります。まさに全社を挙げて密造酒造りを奨励しているわけです。

以上3Mのルールや仕組みの一部を紹介しましたが、いずれも通常の企業のマネジメントからすると一見非常識なルールですが、そこには「市場を芸術する」に極めて合理的な理由があります。また加えて、同社はこのルールや仕組みを活用して長年にわたり、様々な製品において成果を挙げてきているという事実があります。

●「市場を芸術する」は凡人でもできる
これまで、芸術とマーケティングの共通点についての話をしてきましたが、一つ芸術とマーケティングの大きな違いがあります。それは芸術は才能あふれる芸術家でないと生み出せない一方で、「市場を芸術する」のは凡人でもできるということです。ある研究によるとイノベーションを起こすに遺伝が支配する割合は3割だそうです。残り7割は後天的なもので、すなわち誰でも心がけや姿勢しだいでイノベーションを実現することができるということです。

たとえば、JR東日本が販売している大清水というミネラルウォーターをご存知の方は多いと思いますが、この製品を思いついたのは、谷川岳の新幹線のトンネルの掘削機械を担当した保安作業員の方だそうです。

上で紹介した3Mの仕組みも、まさに凡人が集まった組織においてイノベーションを起こすための仕組みといってよいと思います。日本の企業もこの3Mの活動から、「市場を芸術する」ためのマネジメントを学ぶべきでしょう。

次回は引き続き、BtoBマーケティングとはの議論を続けたいと思います。