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「目からウロコのBtoBマーケティング」

第5回:「マーケティングは芸術である」とは?(その1)

(2012年3月24日発行)

「マーケティングは科学であり芸術である。」これはマーケティングについての説明で有名な言葉です。この言葉には、マーケティングの本質を説明する重要要素が含まれています。今回はこの文章の後半の「マーケティングは芸術である。」の部分について、考えてみたいと思います。

●芸術とは:感動の創出とユニークさの実現
マーケティングにおける芸術とは何なのでしょうか?それを考えるに当り、そもそも芸術とは何なのかをちょっと考えてみたいと思います。

私は芸術の成立要件は、「感動」を生み出すことと、そしてその生成物の芸術作品が「ユニークさ」を持っていることの2つを実現することにあると思います。感動を与えることが芸術の要件であることに関しては、誰も意義はないでしょう。ユニークさについては、その感動が他のなんらかの模倣であれば、いくらすばらしいものであっても、それは芸術とは言いません。

つまり芸術は、感動とユニークさを創出する活動と言えるのではないでしょうか。

●「感動とユニークさ」と「高い顧客価値と差別化」
この芸術における2つの要件をマーケティングに当てはめてみると、感動は、文字通り顧客に感動を生み出し「高い顧客価値」を実現すること。そしてユニークさは、他社の製品や販売法にはない、「差別性」であるということができると思います。

つまり、マーケティングにおける芸術は、顧客に関わる「高い顧客価値」と他社に対する「差別性」を同時に実現することであり、マーケティングの目的の本質とぴったり合っているのです。

●ユニークでありかつ感動を創出することの難しさ
これだけでもマーケティングは芸術であると言うに十分な理由があることになりますが、もう1つ、これを突き詰めた所に両者の重要な共通点があります。

ユニークでありかつ感動を実現するという作業は、当然のこと簡単な作業ではありません。だからこそ、芸術やその活動は皆から賞賛されるわけです。芸術家はユニークでありながら、感動を創出するために、全人格を掛けて七転八倒の努力する訳です。

マーケティングも同様です。他社とは異なる展開により、高い顧客価値を実現することは、難しいことです。何しろ、手本がないわけで、自社でその方法を考えなければなりません。その方法を考えた企業だけが、高い収益という対価を得ることができるのです。

欧米企業を追いかけていた高度成長期には高い業績を挙げていた企業で、現在は低い業績に甘んじている企業は多いのが現状です。まさにこの点は、多くの日本企業のマーケティング力が弱い証左と言えるのではないでしょうか。欧米企業の模倣は、マーケティングではありません。

●「市場を芸術する」にはどうしたら良いか?
前々回、前回と「市場を科学する」という言葉を使いましたが、ここでも市場において芸術にたとえられるマーケティング活動を行うことを意味する言葉として「市場を芸術する」を使いたいと思います。それでは「市場を芸術する」にはどうしたら良いのでしょうか?

●「市場を芸術する」には(1):イノベーティブな粗アイデアを創出する仕組みを作る
まず、イノベーティブな粗アイデアを創出する仕組みを作ることです。ここで『粗』アイデアというのは、最初はそのアイデアが本当にイノベーティブであるかどうかは良く分からないケースは多く、また最初はたいしたアイデアでなかったものが、イノベーティブなアイデアに進化していくこともありますので、イノベーティブなアイデア候補もしくは将来イノベーティブなアイデアに進化する可能性があるアイデアという意味です。

○情報を集める。
イノベーティブな粗アイデアを創出するには、まずさまざまな情報を集めることから始めなければなりません。

シリコンバレーのイノベーションの研究書として有名な「現代の二都物語、なぜシリコンバレーは復活し、ボストン・ルート128は沈んだか」(アナリー・サクセニアン著)の中に、シリコンバレーの様々なイノベーションの背景には、組織の枠を超えての頻繁で公式・非公式の情報の流通があげられています。同書によると、シリコンバレーでは、企業間、企業と大学(スタンフォード大学やUCバークレイ校)、そして競合企業の社員間でも頻繁な情報の交換が行われてきました。

つまりイノベーティブなアイデアは無からは生まれないということです。従って、アイデアの素となる情報を集めるという活動が重要となります。ここで難しいのは、イノベーションは思わぬ事がきっかけになることが多いということがあり、良い情報がありそうな場所だけ探していては、なかなか「市場を芸術する」に足る情報には行き当たらないということです。良い情報がありそうな場所は自社だけでなく、競合他社も知っている可能性は高く、差別化には結びつきにくいということもあります。

-冗長性が重要

したがって、あまり対象を絞り過ぎることなく、ある程度の遊びや余裕、つまり冗長性を持って情報を収集するということが必要となり、企業の経営の視点から言うと積極的に冗長性を持った仕組み・価値観を作ることが大切となってきます。但し、無駄を廃し合理性を求める企業経営において、冗長性は悪ですので、冗長性を経営に組み込むという判断は、極めて難しいのが現状です。

-サムスンの「地域専門家」育成制度

その意味で、サムスンの有名な社員の「地域専門家」育成制度は、先進的な取組みであると思います。その昔筆者は日本の大手家電メーカーでアジア地域を担当していましたが、アジアを含め世界の主要都市には日本企業ブランドのサインボードが溢れ、家電ショップに行くと日本製品が幅を利かせていましたが、今では、サムスンやLGといった韓国企業の製品がこれら地域を席捲しています。

このような背景には、サムスンの「地域専門家」が直接的、間接的に大きく貢献していると思います。同社は20年近くも前から「地域専門家」育成制度を導入し、同社の社員を日常の仕事からはずして、その地域の専門家として世界の主要市場に派遣し、現地語を学び、仕事を超えて地元の人間とネットワークを造る等の自由な時間を与え、まさにその地域に溶け込み、その地域の文字通り専門家に育てるということをしてきました。まさに情報収集や情報収集の基盤づくりに、冗長性を積極的に活用してきている例と言えます。

-日本企業のグローバル化の遅れ

重要な情報は世界中に散らばっていますが、インターネットで入手できる情報は従来に比べ飛躍的に増えましたが、当然のごとくそれは本来知るべき情報のほんの一部を構成しているに過ぎません。そこでイノベーション実現においても、単に外国語を読んで理解できるレベルを超えて、外国語でコミュニケーションができ、更に現地の人たちの価値観や文化を知ることは極めて重要になります。随分前から日本企業の間でグローバル化への対応という言葉が盛んに使われてきましたが、日本の企業のグローバル化のレベルは他のアジア諸国を含め、まだ相当遅れていると言わざるをえません。偶然昨日(2012年3月25日)の日本経済新聞朝刊に、IESEビジネススクールのゲマワット教授へのインタビュー記事があり、彼の各国の世界との交流に関する分析によると、日本は世界の125か国中122位だそうです。

以上、ちょっと話が大きくなりすぎてしまいましたが、要するに冗長性を許容するというレベルに留まることなく、目先の効率性に捉われることなく冗長性を「積極的」にマーケティング活動に組み込み、様々な情報を収集するということが求められています。効率性追求をすべて是として、マーケティングに取り組んではなりません。

○異質な情報を組み合わせる。しかし、情報を集めても、それが同質の情報ばかりではあまり意味がありません。そこで次に重要になるのが、入手情報が異質な情報から構成され、かつそれら異質な情報を組み合わせ、化学変化を起こすことです。その為には、1人1人が発散思考ができるようにすること、そして組織を多様な人材から構成すること、そして議論を大事にする風土を作ることでしょう。

-ここでも日本企業の遅れ

残念ながら今の日本企業においては、この3点において欧米の企業はもとより他のアジアの国の企業にも劣っていると言わざるをえません。発散思考について言うと、「多くの日本企業は、・・・多様な刺激-拡散に思考するという点を特に苦手としている。」(「企業想像力」アラン・G・ロビンソン他著)と言われています。これまで日本の得意とする効率追求のマネジメント手法は、徹底的に収束思考で、そのような価値観で日本人従業員は育成されてきましたが、効率や品質を徹底して追求するのは日本企業の強みですので、捨て去る必要はありませんが、今後は発散と収束を使い分け発散力を強化するより高度なマネジメントが求められています。

2つ目の組織の多様化の面では、殆どの日本企業においては思考の似ている日本人中心の組織となっています。この点シリコンバレーの企業は、元々米国は移民の国で世界中の国からに移民してきた国ですし、特にシリコンバレーがある西海岸にはヒスパニック系、アジア系(香港、台湾、中国、インド等)、ユダヤ系の人達は多く、加えて、更に多様性を強化しようという経営姿勢がシリコンバレーの企業には読み取れます。例えば、インテルの人材募集のウェブサイトには「多様性をイノベーションの力に」というメッセージが掲げられています。

-多様性の拡大(1):外国人の活用

この点に関しては、日本でも最近そのような企業が増えてきていますが、外国人社員を採用する効果は高いと思います。私がかつて勤務したベンチャー企業でアジア系外国人を使っていた経験から言うと、日本において、日本企業への就職を希望する外国人は能力ややる気の面でも、日本人の平均以上であり、コミュニケーション能力も高く、日本人社員に多様な発想をさせる上で、大変良い刺激があると思います。

-多様性の拡大(2):女性の活用

それから女性の活用でしょう。女性に男性と同じような機会を与えるという義務的な意味とは別に、実質的に女性の活用は、彼女たちが男性と異なる価値観や経験を持っていることから、多いに多様性を高め、イノベーション創出に貢献すると思います。ここ数年で私の仕事においても、クライエント企業内等で、能力、積極性両方において男性社員の平均値を超えた優秀な女性に接する機会が本当に増えてきました。ものおじせず会議で発言したり、セミナーで質問をする率(発言・質問者÷出席者の割合)は、相当女性の方が高いように思います。

3つ目の、議論を重視する風土について言うと、言うまでもなく日本企業においては議論を重視する風土を持つ企業は稀でしょう。日本企業においてはあまりに秩序を重視するゆえ、議論は好まれません。また非公式の場でも意見を交換する場が随分減ったように思います。かつては、仕事を終わった後、社員同士で赤提灯で、公私にわたる様々な話をしたものですが、最近はそのような習慣はすっかり影を潜めてしまったようです。

私も外資系コンサルティング会社に勤務していた時に、考えが詰まった時に、同僚のブースに行って立ち話の中から、新たなアイデアが浮かぶという例は多かったように思います。

次回も、以上のポイントへの具体的対応例を含め、「市場を芸術するには」の議論を続けたいと思います。