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「目からウロコのBtoBマーケティング」

第4回:「マーケティングは科学である」とは?(その2)

(2012年3月12日発行)

「マーケティングは科学であり芸術である。」これはマーケティングについての説明で有名な言葉です。この言葉には、マーケティングの本質を説明する重要要素が含まれています。今回は前回に続きこの文章の「マーケティングは科学である。」の部分について、考えてみたいと思います。

●市場を科学するための重要視点(その2):市場を虫瞰する。
前回は「市場を科学するための重要視点(その1)」で、市場を俯瞰することの重要性について議論しました。しかし、俯瞰しようと思っても、それは様々な個別情報を統合してみてみるということであり、下地となる個別の情報とその質が問題となり、その実現には個別事象における洞察が求められます。

個別事象において洞察を行うためには、細部の観察が必要となります。この視点が虫瞰です。これは、俯瞰がしばしば鳥瞰といわれ、「鳥」の目であるのに対し、その対極にある細部への観察の視点を同じ動物である「虫」を持って虫瞰と言っています。必ずしも一般的な言葉ではありませんが、覚えておくことをお薦めします。

それでは効果的に虫瞰するには、どのようにすれば良いのでしょうか?

●市場を虫瞰するには(1):エスノグラフィの利用

数年前から日本企業においても利用されるようになった手法に、「エスノグラフィ」があります。エスノグラフィとはもともとは民俗学の分野の分析に利用される手法で、例えば日本と文化風習も全く異なるアフリカのある民族の生活を調査しようとする場合、日本人の常識からは想像できない文化風習は、いくら日本人の頭でいろいろ考えても想像したり理解することは困難です。そこで、とにかく現地に赴きその民族と例えば生活を共にして、丸ごとかれらを客観的な目で観察しようという方法です。

それをマーケティング活動において、顧客観察に利用しようとするものがマーケティングにおけるエスノグラフィです。

エスノグラフィは、随分以前から米国では盛んに利用されている手法で、例えばマイクロソフトの前世代のOSであるウインドウビスタは、この手法を積極的に使って開発されました。(ウインドウズビスタはどうやら失敗であったようですが、その原因はエスノグラフィの活用ではないでしょう。)ビスタの開発では、PCの様々な利用状況、さらにはその利用者の生活実態にまで(例えば、PCを使用する仕事の後、スーパーマーケットでどのような買い物をするか等、一見PCとは関連がなさそうな部分にまで)観察の対象を広げエスノグラフィが行われました。

●エスノグラフィの背景
顧客のニーズやその背景を知る従来の方法に、顧客へのインタビューがあります。しかし、顧客へのインタビューでは、顧客の潜在ニーズを抽出することは簡単ではありません。なぜなら、「潜在」ニーズですから顧客自身も気がついていないからです。また、インタビューにおいて、顧客ニーズを抽出すべく努力しますが、それはインタビュー実施者のものの考え方や価値観というバイアスを経てなされるもので、重要な隠された事実や傾向が見過ごされてしまう可能性があります。上の民族学でのエスノグラフィの利用で語ったように、どうしても現代の日本人の視点でその民族を分析してしまうのと同じです。

●市場を虫瞰するには(2):自身で顧客を体験する。
エスノグラフィから一歩進んで、自ら顧客を体験することは大きな効果があります。B2C製品であれば、メーカー自身の担当者が消費者になれますが(おもちゃのように消費者になれない場合もありますが)、B2Bでもその気になれば体験することはできます。

以前にある弊社のプロジェクトで、小売店や外食店舗を対象としたクレンリネスに関わるB2B製品の企画をしたことがありますが、クライエント企業の担当者に実際にコンビニの店舗でのアルバイトの仕事を数日間にわたり体験してもらいました。その結果、相当変わった清掃法等常識ではほとんど想像できないようなことを含め、それまでには分からないことを随分発見することできました。

●市場を虫瞰するには(3):ICTを活用する。
建機メーカーのコマツはKOMTRAXという有名なICT(情報通信技術)システムをもっています。KOMTRAXというは、コマツの販売した建機にセンサーとGPSおよび携帯電話による通信機能を持たせ、個別の建機の稼動状況をコマツのセンターに集め監視し、顧客に対するサービス提案などに活用しようとするシステムです。

このKOMTRAXにより、自社の人間が動くことなく、顧客の建機の詳細な運転状況が自動で手に取るように分かるという先進的なシステムです。(但し、既に競合他社や他の業界でも類似のシステムの構築をする例は増えてきています。)

今後このような効率的に市場を虫瞰する新しいICTが、次々に開発されていくと思われます。

●市場を虫瞰するには(4):社員各人が常に細部に目を向ける姿勢を持つ。
上であげたエスノグラフィ、自身で顧客を体験すること、ICTの活用また従来の顧客インタビュー等は、市場を虫瞰する上で極めて重要ではありますが、もちろん、全てではありません。なぜならそれらの活動は、企業のマーケティング全体における一つの限定された活動に過ぎないからです。

日々、企業の社員は顧客と様々な接点を持っています。営業担当者は毎日顧客を訪問しますし、コールセンターのオペレータは毎日何十人の顧客とコンタクトをします。またサービスマンは、日々通常では入れない例えば顧客の生産現場などで、納入機器のサービスをします。このような場で、マーケティング担当のみならず社員全員が目の前の従来の自分の仕事の領域を超えて顧客の活動に関心を持ち、観察することで、様々な洞察を得ることができます。

そしてこのような活動から得られた情報や洞察を社内でマーケティング部門と共有することで、顧客のことをよりよく理解することができるのです。

●鳥瞰と虫瞰の両者の目を同時に持つ重要性

市場を科学するには、以上で説明した鳥瞰と虫瞰の両者の目を同時に持つことが求められます。

実は上のコマツのKOMTRAXの例は、鳥瞰と虫瞰の両者の目を同時に持つ好例です。

例えば、コマツの建機は中国全土で数多く稼動していますが、それら一台々々の稼働率情報等を統合して見ることで、「中国全土で建機の稼動率が下がってきている。政府の緊縮政策の影響が出始めたな。これから市場の成長が鈍化するぞ。」と推定することができるため、今後の販売・生産計画を絞る等早期に市場に対応することができます。市場の成長が鈍化するという判断をする鳥瞰は、個別の建機の稼働状況のモニターという虫瞰と中国全土で稼動するコマツの建機の数多くの情報があって、初めて意味を持つのです。

●マーケティングにおける「ガーベッジイン・ガーベッジアウト」に対応する方法:市場理解に投資する。

情報システムの運用の言葉に、「ガーベッジイン・ガーベッジアウト(ごみを入れると、ごみが出てくる。)」というものがあります。これは誤ったデータ(ごみ)を情報システムに入力すると、誤った結果(ごみ)しか出てこないという意味です。

マーケティングの世界では、このようなことが頻繁に起こっています。具体的には、製品を作るためにいくら良い技術や優秀な技術者を持っていても、元々の作るべき製品コンセプトが魅力的でなければ(ガーベッジ・イン)、売れない製品(ガーベッジ・アウト)しか出てこない、というものです。

一般にB2B企業では製品開発に大きな投資をしていますが、その前提となる市場理解やそこに基づく製品コンセプト創出のための活動に投資をするという話は、あまり聞きません。私は、今言われている日本の製品の「技術で勝って、事業で負ける。」の大きな原因の一つはここにあると考えていて、この部分にもっと『投資』すべきと考えてきました。

ちなみに、「コマツでないと困るという度合いをいかに引き上げるか。この一点を実現するために、顧客の動きに目を凝らすのが我々の最大の仕事。顧客の姿を捉えるための費用はコストでなく、次の成長への投資となる。」(日本経済新聞2010年9月7日)とあるように、コマツでは顧客を理解することは『投資』であるという視点を持っている数少ない会社であると思います。

次回は冒頭であげたコトラーの「マーケティングは科学であり芸術である。」の後半の「マーケティングは芸術である。」について議論したいと思います。